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アラフィフバツイチの生活

おひとりさまもいいけど再婚もね。ユル婚活はじめました。汚部屋以上ミニマリスト未満で断捨離もユル派です。

もう50歳? まだ50歳? 50代で老い支度って、ちょっと早過ぎじゃないの?

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50歳というと、100歳まで生きるとすれば、まだたったの半分。

今までの勤め人の一般的な定年退職が60歳だったせいか、60歳以上は「老後」と言われたりします。

でも、人生100年と考えると、40年間も「老後」と考えるのは、ちょっと長過ぎるのではないかと思います。

 かといって、「生涯現役」などと力むのも疲れます。でも、50代の10年間で、40年間もの老後の準備をやり切るのはかなり無理がありますので、どこかしら「生涯現役」というのは覚悟しておいた方が良いのではないかと思っています。

わたしが在宅で仕事をするきっかけになったのも、このような考えが根底にありました。勤めていれば、定年というものがやってきますが、自営業ということならば、いつまでも仕事をしなければならない反面、定年も解雇もありません。

婚活もし、結婚も考えているところなので、自分の仕事と家庭との関係がどうなっていくのかわかりませんが、結婚したあとも、まったくゼロにするよりは、細々とでも続けた方が良いと思っています。

60歳以降の「老後」イメージ

60歳を過ぎた「老後」をイメージすると、両親の影響からか、わたしの中では「仕事はせず、家でのんびりと暮らしている」というのがあります。

でも、これは一般的なイメージであって、自分自身がそうなっていくだろうとはあまり考えられません。今のように家でくらしているかも知れませんが、仕事もいつまででもやっているような気もします。

30歳のときは、40歳過ぎをイメージできなかった

でも、30歳の頃のことを考えると、40歳なんて、トンデモナイ年寄りで、一体その先どんな人生が待っているのか、全く想像もできなかったことを思い出します。

それにもかかわらず、40代を過ごしてきています。

そして、生きていながら、「トンデモナイ年寄り」だったことは一度もなかったように思います。

先のことを心配してもしょうがない

だから、今、先々のことを心配しすぎてもしょうがないのだと思います。人生は進むに従って、少しずつ明らかになってゆくものですから。

でも、50代を老後ばかり見て、老後の準備だけに明け暮れてはツマラナイといます。

20代の頃、デール・カーネギーの『道は開ける』という本を愛読していました。自己啓発の名著です。今は断捨離して手元にはなく、その本の言葉をそのままというわけにはいかないのですが、

「もし、幸せに生きたいのなら、過去と未来をシャットアウトして現在だけを生きよう」というような話が書かれていて、悩むたびに読んで、救われていました。

人生の悩みのほとんどは、失敗した過去を嘆くことと、まだ来てもいない未来を心配することからくるのだ、ということなのですが、これって本当に真理だと思います。

仏教的な思想でもあり、ヨガ的でもあります。

「まだあと50年もあるのだ」と、ちょっと気が遠くなってくたびれたところ、こんな話を急に思い出して、気を取り直したところです。