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アラフィフバツイチの生活

おひとりさまもいいけど再婚もね。ユル婚活はじめました。汚部屋以上ミニマリスト未満で断捨離もユル派です。

そんなに断捨離して大丈夫? --- 断捨離をすると離婚に至ることもある(第一回目の断捨離①)

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今、多くの方が、断捨離を楽しそうにやっているように見えます。主婦の方々も、たくさんいらっしゃいます。わたしは、この状況に、少し驚いています。

というのは、わたしが最初に大がかりな断捨離をしたあと、わたしの人生にやってきたのは「離婚」だったからです。

 断捨離は、単純に楽しいだけではなく、もっと奥が深い

わたしは、自分の過去については、様々な失敗や後悔したことも含めて、最終的にはこれで良かったと思っています。断捨離は、ただ楽しいとか手放すとかいうことだけでなく、人生の奥深いところを、引き出してくれます。

 感じ方も人生も人それぞれなので、わたしの話は全く参考にならないかも知れませんが、わたしなりの断捨離体験を、このブログで書いてみようと思います。

断捨離という言葉は、良いコミュニケーションツール

断捨離という言葉は、皆さんご存知のように、やましたひでこさんが出版された本がきっかけでひろまりました、ウィキペディアを見ると、2010年の流行語だったそうなので、最初に出始めたのはその頃だったのだろうと思います。

実際、わたしも、その頃、本屋さんで手に取ってめくってみました。でも、買わなかったのは、「こんなこと、わたしはもう何年も前からやってる。今さら何なのかしら?」と思って本に興味がわかったことが理由のひとつです。

また、すでに独身だったわたしは、わりと主婦向けに書かれている雰囲気だったその本には、「自分には無関係」という感じを受けたからです。

そんなわけで、わたしは、そもそも「断捨離」という言葉があまり好きではありませんでした。わたし自身がやってきたことを、勝手に「断捨離」と名付けて軽くあしらわれてしまったような不快感がありました。

でも、他の人に、ものをあれこれ処分したりすることにつて話すとき、「断捨離」という言葉が、他の人にはわかりやすいのだと次第にわかってきて、日常でも使うようになりました。

 「ああ、要するに断捨離ってことね。」と、理解してもらえるので、今はコミュニケーションの面で、便利だと思い、コミュニケーションツールとして、むしろ積極的に使わせていただいております。 

第一回目の断捨離 2002年〜2003年

わたしの最初の断捨離は、2002年〜2003年の間の1年間のうちの数ヶ月です。断捨離という言葉が流行する8年前にさかのぼります。

これは、2003年に離婚に至った、わたしの結婚生活の最後の年でもありました。結婚生活は、相当ツライことになっていました。

 「仕事が忙しくて帰れないから会社に泊まる」というのを言い訳にして、元夫がほとんど家によりつかなくなっていました。わたしは、この状況を「何とかしなければ」と思って色々なことをやりはじめました。

 その中の一つが断捨離です。

きっかけとなったのは、風水の本の中の言葉

悩みの解決のために、あれこれ本も読みました。

「だんなさんが帰ってこないのは、だんなさんの居場所がないから」どの風水の本だったか、また、言葉もその通りだったのか良く覚えていないのですが、このような一節にピンときて、わたしは、突然、断捨離を始めました。

断捨離をせざるを得なかっただけの背景

「だんなさんが帰ってこないのは、だんなさんの居場所がないから」この言葉にピンときたわたしは、元ダンナの居場所づくりをすることにしました。

 足掛け8年の結婚生活終盤を迎えた当時のわたしたちの部屋は、賃貸の古びたマンションだったのですが、あらゆる不要品、ガラクタでギッシリ…と言っても過言ではないほどの、今風に言えば、かなりの「汚部屋」でした。

 元ダンナの両親も、わたしの両親も、ともに昭和ヒトケタ生まれで、戦時中・終戦直後に多感な時期をすごし、ものをとても大事にするという価値観の持ち主たちで、典型的な「ものを捨てられない世代」でした。

 そのような親から受け継いだ遺伝子のせいか、わたしたち夫婦も全くものを捨てられない性分で、わたし自身のガラクタと、元ダンナのガラクタが、せめぎあうように、部屋に充満していました。

 子供がいなかったせいか、それぞれの若い頃の趣味の類いもそのまま処分するチャンスもなくずっと持ち越しで、積年のガラクタとして、棚に詰め込まれていました。

 元ダンナのガラクタもすごかったですが、わたしのガラクタもすごいもので、特に本は処分できず、自分の本棚におさまりきらなくなると、元ダンナの本棚に進出したりしていました。

 そして、本棚に入り切らなくなった、元ダンナの雑誌などは、椅子の上などに山積みになっていました。「これがいけなかったのかもしれない!」と思って、まず、自分の本を、古本屋に売る事から着手しました。

断捨離は元ダンナの居場所づくりからはじまった

わたしは、断捨離をするために断捨離をしたわけではありませんでした。わたしの目的は「元ダンナの居場所づくり」にありました。

 ガラクタだらけの「汚部屋」だったから、その手段が断捨離となっただけのことであって、別の状況だったら、断捨離をしなかったかも知れないと思います。

 たとえば、もし、当時わたしが「あれもなくそう」「これもなくそう」というような、努力中のミニマリストで、ダンナの居場所らしきものをウッカリ撤去したばかりだったとしたら、断捨離をするより、むしろ中断して、ダンナの居場所を作るために、椅子かなにか買い込んだかも知れません。

元ダンナの居場所づくり」としてはじめた断捨離でしたが、増える一方の不要品を、「何とかしたい」とずっと思っていたことは確かでしたので、これを機会に古いものが処分できるのであれば、それはそれで良いなと思いました。

 また、部屋に閉じこもって、ただボンヤリと、夫の帰りを待つというような、無益な時間をすごすより、余程建設的にも思えましたので、次第にわたしの断捨離は、勢いがつき、「やりがい」さえ感じていきました。

 少し長くなりましたので、続きは次回にいたします。

(つづく)

つづきはこちら「離婚が不幸とは限らないけど --- 断捨離をすると離婚に至ることもある2(第一回目の断捨離②)」