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アラフィフバツイチの生活

おひとりさまもいいけど再婚もね。ユル婚活はじめました。汚部屋以上ミニマリスト未満で断捨離もユル派です。

理想的な断捨離 --- 機が熟せば、ものは自然に手放せる

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前回と前々回、2回にわたって自分の古い過去の断捨離体験について書いてきました。

 ↓記事はコチラ

そんなに断捨離して大丈夫? --- 断捨離をすると離婚に至ることもある(第一回目の断捨離①)

離婚が不幸とは限らないけど --- 断捨離をすると離婚に至ることもある2(第一回目の断捨離②)

 こうやって書いてみると、中にはとても見苦しいところもあり、読んで下さった方の中には、不愉快な思いをされた方もいらっしゃるのではないかと思います。

(もしそうなら、申し訳ありません。)

 今日は、何故、わたしがこんな古い話を書くことにしたのかという理由を書きます。

主な理由は、わたし自身の、断捨離というもの対するベースになる考え方について語りたかったからです。

 また、ブログの良いところは、「そうしようと思えば、最後まで語り切れる」というところです。

 離婚にまつわる話は、実は親しい人にも話したいと思っていましたが、わたし自身にとっては貴重な体験でも、途中で話を遮られ、言いたいことの全てを言い終わらないうちに耳をふさがれ、肝心な「一番良いところ」は何も話せなかったという類いの話です。

 離婚というものに対するネガティブなイメージがそうさせるのだと思いますので、それはそれでしょうがないと思いますが、やっぱり私としては、一度きちんと誰かに聞いて欲しかったですね。

 ですから、ブログならではと思って、話したかったことは全部書き切ることにします。

それでは本題です。

「機が熟せば、ものは自然に手放せる」という理想的な断捨離

わたしは、ブログを書き始めて、できれば「人様のお役に立つ記事」というのを書ければ良いと思いまして、少しずつ、「これなら役に立つかも知れない」という話を書き始めました。

 ですが、やっぱり、この最初に経験した断捨離が、今でもわたし個人の「断捨離に対する考え方」というものに、とても大きな影響を与えていますので、今後の記事を書いていくのにも、書いた方がいいと思って書くことにしました。

 ここを書いておかないと、話がすべて「上っ面だけ」になってしまうような気がしましたので。わたしの「断捨離に対する考え方」の、中心的な考えというのは、

機が熟せば、ものは自然に手放せるということです。今、多くの方が、断捨離を頑張っていらっしゃいます。中には、これは、断捨離などする必要はないのではないかと思う方もいらっしゃいます。

わたしは、「誰にとっても断捨離は必要とは思っていない」のです。わたしの断捨離は、何かお手本や、感銘を受けた思想があったわけではありません。

離婚にいたるプロセスの中で、「物を手放す」ということは、ごく自然にやってきました。ですから、当時手放したものは、全く未練がないのです。

手放すものは、次々に、ほぼ自動的に選択され、「どれを捨てるべきか」「捨てるか捨てないか」ということでは悩まなかったのです。「もったいない」というような気持ちも殆どありませんでした。

 かといって、感情的に物に当たっていたということでもありません。ものすごく平常心で、淡々とひたすら処分していました。また、「しまったこれは捨てるんじゃなかった!」という後悔もありません。

その後わたしは何度か断捨離を行うのですが、最初の断捨離が、断捨離としては最も成功した理想的な断捨離だったと思っています。断捨離なんて、わざわざ意図して行うほどのものではないのです。

(また、何かを引き起こそうとしてやると、それはそれで上手くいかせるのは難しいものです。)

 わたしは、断捨離をしようとしてしたわけではありませんでした。そもそもそんな概念はありません。まだ断捨離という言葉が流行するずっと以前のことでもありましたしね。

ちょっとドラマチックに、まるで断捨離が離婚を引き起こしたように見せかけた部分もありましたが(その方が、多くの方の興味をそそるかな?と思ったのです(^^))、離婚は、断捨離のあと、わたしが「自分で選択した」というだけであって、断捨離のせいで離婚に至ったということでもありません。

 また「元ダンナの居場所つくりの為に」断捨離をしたというのは、表面的には事実なのですが、わたし自身が具体的に動けるように、背後から、何者かが「わたしにそう思わせた」という感じがします。

 いずれにしても、とても自然に、人生の変化のプロセスの中で、「断捨離をした」というよりも「断捨離は向こうからやってきた」のでした。

断捨離が必要ない人まで断捨離をやっている

「ものがなかなか手放せない」と言って悩む人は、そもそも、機が熟していないのではないかと思います。

 「ものが少ないシンプルな部屋」という、青写真があって、それに今の自分の部屋があてはまらないのなら、それは、青写真の方に問題があると思います。

 こういう絵空事のような目標は、何かの成功哲学の本に、例として載っていたからといって、「月収100万円」と掲げて、実現する可能性の低いニセモノの目標に向かってばく進していくのに近いものを感じます。(そして、たいがい挫折するのです)

他の人のブログを見て「自分もこんな風にしたい」と思ったのかも知れません。でも、それって、他の人の家であって、自分の家ではないのですよね。

機が熟せば、断捨離なんて、ごく自然にやりたくなります。

やりたくなるだけでなく、ものすごくスムーズに進みます。

断捨離がなかなか進まない人は、断捨離が「今は必要ない」と考えて、断捨離のことなど忘れて、普通に生きていけばいいのではないでしょうか? 

断捨離をやめるとラクになる

ですから、もう皆さん、そろそろ「断捨離」というものに囚われるのは終わりにしませんか?とても気持ちがラクになりますよ

「断捨離ができないから悩む」って、本当はちょっとオカシイです。断捨離ができないなら、しなければイイじゃないですか?わざわざ人様にアドバイスなど、頂く必要もないことです。断捨離って、とっても個人的な問題だと思いますので。

 「ものが捨てられない」といって悩むのもどうかしているんです。捨てられなければ、持っていればいいじゃないですか?まわりが断捨離しているからって、自分まで断捨離することはないんです。