アラフィフバツイチの生活

おひとりさまもいいけど再婚もね。ユル婚活はじめました。汚部屋以上ミニマリスト未満で断捨離もユル派です。

生活の効率化のため「石けんシャンプー」を断捨離

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わたしは、20代の後半、合成シャンプーを突然、断捨離してから約18年間、石けんシャンプーを使い続けていましたが、約4年前に、今度は逆に「石けんシャンプー」を日常的に使うのをやめました。

 

アレコレ自分自身の考えが変化し、今は、合成シャンプーにも無添加や天然にも、あまりこだわらず、ごちゃ混ぜで生きております。今は合成かどうかということよりも、自分に合っているかどうかを大事にしています。

 

わたしは、以前の記事で、「石けんシャンプーできれいに仕上げる方法(>記事1 >記事2)」をお話ししましたが、あのプロセスを全てまじめにこなすと、ロングの場合、30分以上かかります。石けんシャンプーの「プロセスを断捨離」することにしたのです。

 

4年ほど前のある日、ふと、

「なぜ、わたしは、シャンプーにこんなに手間ひまをかけているのだろうか?」

と、疑問に思ったのです。

 生活をシンプルに

「シンプルライフ」とナチュラル石けんが結びつけられている考えを見かけます。

 

実は、わたしはこれにとても違和感を感じるのです。

 

「シンプルとは何か?」ということの定義やイメージが人それぞれなのかも知れませんし、時と場合によっても「シンプル」という言葉の定義は変化するかも知れません。

 

わたしにとって、石けんシャンプーを断捨離したときの「シンプル」というのは「効率化」でした。

こういう視点で物を申しますと、石けんシャンプーは、シンプルとは真逆なのです。

わたしは、石けんシャンプーの面倒なプロセスを断捨離したのです。

 

久しぶりに合成シャンプーを使い、あまりの簡単さ(シンプルさ)に感動しました。

 

わたしは、石けんシャンプーに切り替える以前、ラックスという、どこにでも売られているシャンプーがお気に入りで使っていましたので、今回もやはりラックスを買ったのです。

 

ラックスは、石けんシャンプーに出会う前、10代から20代の間に、色々ためした中で、最も自分に合っていたシャンプーでした。(>前回の記事で排水口に流してしまったのもラックスではありましたが)

 

 

売れ続けているのには相応の理由がある

やっぱり、合成シャンプーが今もなお、幅をきかせているのは、企業戦略もあるかも知れませんが、消費者にとっても「良いから」なのではないか?

 

まず、何といっても、「便利」。

あれこれ工夫したり、コツをつかんだりしても、何の苦もなくきれいに仕上がります。

 

「昔ながらの石けん」はやはり「昔ながら」だけのことはあって、不便もあると思うのです。。

合成シャンプーは、人類の進化の課程で石けんよりもあとから発明された進化した洗剤なのです。

 

家から一番ちかいコンビニにも常備しています。

わざわざ探しまわる必要もないし、切らしてもすぐに買いにいけるし…

 

 「不便」という檻に、自分を閉じ込めているような気持ちになってきました。

 

「旬の野菜」を目の前にして、わざわざ遠くから特別な品を仕入れて、妙なこだわりの元に使っているようにさえ感じました。

 

薄汚い自分もついでに断捨離

仕事がとても忙しくなったり、無駄に職場から遠い郊外へ引っ越したこともあり、…汚い話ですが…「風呂に入るヒマがあったら、寝たい」というくらいで、風呂に入る回数も減り、シャンプーは週に2回が限度。

本当はシャンプーは週末に1回だけだった時期もあったかも。

いくら「石けんシャンプーなら毎日洗う必要はない」とはいえ、不潔だったと思います。

 

メイクも殆どしませんでした。

 

誰にも言われませんでしたが、本当は臭かったかも知れません。

(こういうことは、誰も本人には言いませんからね。)

 

洗うのが大変だと言いながら髪をロングにしていたのは、とりあえずアップにしてしまえば、何とかごまかしが効き、シャンプーの回数を減らせたから楽だったのです。

 

服装もとても地味だったし、ふと、街のショーウィンドウに映った自分の姿を見て、愕然としました。

 

「美しさのカケラもない!!!」

 

最初、それが自分だと思わなかったのです。

が、やはり自分でした。

 

何だか社会性ゼロの、薄汚いオバサンに見えました。

 

あとで考えたら、40過ぎて会社を3回もクビになりましたが、こういう面も影響していたような気がします。(仕事は本当に、とても頑張っていたのですが。今よりもずっと。)

 

毎日お風呂に入る決心をし、メイクも少しずつするようにしていきました。時間をもっと節約したかったので、入浴を簡略化するため、、石けんシャンプーをやめ、ラックスを使うことにしました。

 

そして、清潔にキレイにしようと努力を始めました。

 

以前、勝間和代さんの本を読んだとき、今、すでに本が手元にないので、正確なことばではないかも知れませんが、

「就職活動をする前に、美容院へ行きなさい」

「女はキレイが勝ち」

 

こんなような言葉がとても印象に残っています。

その通りだと今はココロからそう思います。

「見た目って重要」だと思います。

 

何がキレイかって、人それぞれの価値観やTPOにも左右されることだと思いますので、スタイルは人それぞれだと思います。

 

妙なこだわりはやめ、自分なりのキレイを目指し、「職場の花になる」というのを密かな目標にしたのです。

 

認めてもらいたかったり、クビになるのを恐れて無理して仕事をたくさんひきうけるのをやめて、「笑顔でひきうけられないことは断る」ことにしたのです。

 

なかなかこれも大変でしたし今も課題ですが…

 

でも、「職場の花になる」という方向への努力の方が、やたらと余分な仕事を引き受ける努力よりも、楽しく、やりがいを感じました。

 

何より、それ以来、本当に失業していないので、わたしにとっては正しい選択だったと思っています。

 

…ちょっと石けんシャンプーの話からズレてしまいましたが、きっかけはキレイになるための効率化だったわけです。

 

 

石けんシャンプーには罪はない

石けんシャンプーのせいではないです。

 

石けんシャンプーには何の罪もないのです。

手間ひまがかかるだけです。

忙し過ぎた自分のライフスタイルと、ズレが生じただけです。

 

だから、何も憎んで感情的になって、生活から完全に排除したわけではありません。

 

 

石けんシャンプーとのゆるやかなつきあい

今は、普段のシャンプーはラックスを使っています。

 

4週間に一度くらい、白髪染めを家でやっていますが、石けんシャンプーは、白髪染めを流すときにだけ使っています。

 

これは完全に自己流なのですが、以前、美容院で髪を染めていたとき、髪を染めたあと、アルカリ性の液体で白髪染めを分解していたので、それをマネして、染めたあとだけは、ラックスで洗う前に、石けんシャンプーで薬品を良く落としています。

 

また、顔やカラダは、今でも固形の無添加石けんで洗っています。使用感も効率も気に入っています。よく溶けますし、肌がツルツルになる感じがします。

 

 

「合成か天然か」はどーでもいい --- こだわりを断捨離。

あるとき耳にした言葉に「ハッと」しました。

 

「人工のものだって元は天然。人間がゼロから作り出したものなんて、この世に何一つ存在しない

 

これって、正しいと思いましたね。完全な事実だと思いました。

 

「合成=悪」と何となく思い込んでいましたが、(元素レベルを考えてみればわかるように)もともと天然からきているはずなんです。

 

 

「毒?」だから何?

それに、少しばかり毒だからといって、それが何だという気もします。自分を過保護にしすぎたような…。世の中、毒だらけ。ばい菌だらけ。

 

 

4年間ラックスを使い続けているけど、体調もいい

数年前にヨガをはじめたせいもあってか、今は歳をとってはいますが、20代の後半よりも今の方が体調がいいです。

 

ラックスにも罪はなかったような気がします。

 

結局のところ、その人に合っていれば、合成シャンプーだろうが石けんシャンプーだろうが、(またまた、最近「湯シャン」などというものを知り、興味がわいていますが)どっちでも何でもかまわないのではないでしょうか?

 

その人次第かと。

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このように、アレコレ自分自身の考えが変化したため、今は、合成シャンプーにも無添加や天然にも、あまりこだわらなくなり、ごちゃ混ぜで生きております。

 

自分の感じ方を大事にした結果、このようになっているところです。

そして、気持ちは今の方がずっとラクです。

 

ただ、勤めをやめて在宅ワーカーとなって、メイクをしない日も増えました。これからまた自分のスタイルも変化していきそうです。