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アラフィフバツイチの生活

おひとりさまもいいけど再婚もね。ユル婚活はじめました。汚部屋以上ミニマリスト未満で断捨離もユル派です。

呪いの断捨離と生活の効率化 --- 自分のミニマルは自分で決めていい

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断捨離をしていると、「物をなるべく少なく」というのが良いと思いがちですが、必ずしもそうとはいえない、「ものを増やした方が生活がシンプルに、効率良くなることもある」ということを書きます。

 

例えばわたしは、自分の下着は、だいたい上下各14枚持っています。

2週間分の下着ということです。

 

(今は14枚とプラス予備で実際には16枚くらいになっています。あまりきちんと数えません。自分が決めた下着スペースに収まっていれば、細かい数値はあまり意識しない派です。ただ単にものぐさなだけかも知れませんが。)

 

14というこの数は、わたしにとって、ちょうどいい数です。

少なすぎず、多すぎず…最小限にして最大限というところです。

自分のミニマルは自分で決めていい 

 自分のミニマルは自分で決めていい …

そう考えると、物を最小限にすることにあまり興味はありませんが、自分もミニマリストかも知れません。

 

14という数は、人によっては多過ぎると感じるかも知れません。

 または、少なすぎるという人もいるかも知れません。

 

よく見かけるミニマリストなら多いと言うかも知れません。

 

でも、ベッカムのお宅のように、下着は一度使ったら捨てるというセレブには、14枚だけで一年回すと言ったら、少な過ぎて驚かれてしまうかも知れません。

 

数の面でも、自分に合っているということが大事かなあと、思っています。

 

ミニマルとマキシマムって反対語の用に使われがちですが、自分の丁度いい加減を知れば、ミニマル=マキシマムなんじゃないでしょうか。

 

3枚にしなければと自分を責めていた

なぜ3枚かというと、地方の実家に住んでいた頃の思い込みからきていました。

 

両親はとも働きでしたが、祖母が同居していて、毎日洗濯をしてくれました。

そういう生活だと、3枚もあれば十分に下着は回ります。

 

断捨離とか節約を考えると

「少なく」「買わないように」ということにとらわれすぎて、いつしか増えてしまった自分の下着の数の多さを見て、罪悪感を感じていました。

 

自分のライフスタイルに合わせる

例えば、ついこないだまでの私のように、勤めている一人暮らしの場合、

 

一人暮らしをしている。(他に洗濯をしてくれる家族がいない)

平日、夜遅くまで残業する。(平日洗濯をするのがとても難しい)(勤めていたとき)

週末休日出勤することもある。(週末に洗濯をし損ねる)

 

こういうライフスタイルの中で、下着は3枚というのはありえません。

下着の数は5枚に増え、7枚に増え…

 

でも、それでも間に合わず、洗濯物のかごの中から、再び取り出して裏返して着たりなどという不潔なことも多々ありました。

 

また、下着だけ洗面所で手洗いしたりということもありました。

 

何だか毎日「下着が足りない」「下着が足りない」と思っていたような気がします。

 

それ以上増えなくなった

増えていくたびに、「また買ってしまった!」

と、自分を責めていたのですが、あるときそれをやめて、思い切って

14日分の下着を用意してしまうことにしたのです。

 

そして、それ以来、「洗ってないからしょうがなく買う」ということがなくなったのです。

 

また、休日出勤があまりない会社に転職してからは、昼間は体にフィットするポリウレタンが入った下着、夜は体を締め付けない下着にして、各7枚計14枚にして、1日2枚使うようになりました。

 

あとは、古くなったら取り替えるだけです。

 

ものは増えたけど…「呪い」を断捨離

下着の数は増えましたが、以前のような、

「下着が足りない」「下着が足りない」という不足を訴える呪文のようなものがアタマの中から消えて、とてもさっぱりしました。

 

こういうのって、何でもないようだけど、「不足」についてばかり考えていると、「不足」ばかり引き寄せてしまって、本当はとても危険なことなんですよね。

 

ついでに、「本当は毎日洗濯をしなければならない」といって、自分を責めるのもやめました。

 

この呪いの文句は、一人暮らしになったのにもかかわらず、いつまでも主婦時代の自分の基準(…といっても、主婦時代も毎日できていなかったのですが…また、主婦だからといって、毎日洗濯する必要はないかも知れないですね…)にとらわれていることからきていました。

 

離婚して一人になった自分自身を受け入れられないという、自己否定の面も関係している呪文でした。どこか「結婚している人は偉い」「一人でいる自分はダメだ」なんて思っていました。

 

今現在の自分自身のライフスタイルの中で、自分の感じ方を尊重して「気持ちよく」というのを大切にしたいところです。

 

生活を効率よくシンプルに

また、下着の数が程よく満ち足りると、普段は洗濯の心配などせず仕事に集中でき、仕事の効率が良くなりました。

 

 これは心理学で有名なマズローの5段階欲求」という、人間の欲求の種類を示した図です。

図の引用元はコチラ 

 

ピラミッドの下位の欲求が満たされると上位の欲求へと進んでいきます。

「必要な分の下着」というのは、生理的欲求と安全欲求を満たすものだと思います。

 

ここが満たされないと、社会的欲求や尊厳欲求、自己実現欲求などを含む活動である、仕事への注意が行き届かなくなってしまいます。

 

「いつも下着のことを心配していて仕事に集中できない状態」

 

なんて、一人暮らしには命取りですから、満たすべきところは満たし、普段下着のことは忘れていられるようになるのが理想的だと思います。

 

忘れてしまうということは、とらわれないということですから。

 

また、少ない下着を、忙しい中、こまめに洗うよりも、週末にまとめて1回で済ませてしまった方が、やはりラクだし効率がいいですね。

 

今は在宅ワーカーになったので、こまめに洗濯しようと思えばできますが、やはりある程度たまってから洗っています。

 

このような効率の良い生活を送るためにも、下着は「ある程度の数は持っていた方が良い」と、わたしは思っています。 

 

もしわたしが無理に下着の数を減らそうとしたら、「余分な洗濯」というガラクタともいうべきプロセスを背負い込んでしまうことになるので。

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以上、断捨離した結果、ものを増やして上手くいったケースについてでした。

 

最近の、「できるだけ少ないもので暮らす方が偉い」というかのような、物減らし断捨離合戦や、そうでない人までミニマリストではないことに堂々としていない様子をみて、多少懸念を感じ、このような記事を書いてみました。

 

ものを捨てさせる威力バツグンのカレン・キングストン>以前の記事参照)だって、実はそんなことは言っていないのですが、長くなりますので、これについてはまた別の機会にします。

 

本当に大事なのは、「少ないこと」ではなく「自分軸」、「自分に合っているか」ではないですか?