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アラフィフバツイチの生活

おひとりさまもいいけど再婚もね。ユル婚活はじめました。汚部屋以上ミニマリスト未満で断捨離もユル派です。

「断捨離依存症」という価値観を押しつけるテレビや専門家の影響力がヤバい

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断捨離依存症という言葉を見かけました。「断捨離」を過度に行い過ぎてしまい、片づけないと不幸になる、不幸なのは片付けないせいだと思い込んでしまうことなのだということです。

でも、「過度の断捨離」って、一体誰にとっての過度なのでしょうか? 断捨離をやった本人ではなく、「こうあるべき」と決めつけた人の基準ならば、それは大きなお世話というものです。

「断捨離依存症」決めつけの記事

コチラの記事では、島崎和歌子さんが、「何でも捨てちゃう。依存症なの?よかれと思ってやっている。何もいらないの」というのに対して、断捨離依存症という決めつけを行っていました。

www.sponichi.co.jp

これは、テレビ番組の中で行われたことなので、制作サイドがそういう意図で番組制作をしたということだけだと思いますので、さすがテレビの言うこと、素直に鵜呑みにしてはならぬと感じます。

テレビのこわいところは、こんな風に特定の誰かの価値観を、あたかも「真実である」と見せかけてしまい、それが正しいと思い込ませてしまうところにもあります。

こないだテレビの悪影響に関する記事を書きましたが、こういう決めつけも、テレビの悪影響の一つです。

テレビの悪影響に関する記事はコチラ>>>テレビの悪影響 --- 物欲を刺激し、不安と恐怖を掻き立てる

多分、これを鵜呑みにした多くの人たちが、「何にもいらないという島崎さんはオカシイ人」そして、断捨離やミニマリストを良く知らないまま「オカシなもの」「危険な思想」と思い込まされたに違いありません。

物を持つ基準はその人が決めるべき

わたしは、島崎和歌子さんが、「何でも捨てちゃう。依存症なの?よかれと思ってやっている。何もいらないの」というのなら、依存症でも何でもなく、それで良いと思います。

悩んでもいない本人に対して、オカシイという方がどうかしています。

専門家が勝手に病気をつくる

また、こんな記事もありました。

cotree.jp

この記事からの引用です。

断捨離やミニマリズムでうまくモノの所有をコントロールでき、モノを少なくして楽しく豊かに暮らせている人はもちろん居ます。 しかし過剰すぎる断捨離・ミニマリズムの快感に依存した結果、社会生活や家族関係でのトラブルを起こしたり、本来持っていた趣味や生活のハリを失って抑うつ症状を発症するというケースも少なくありません。 また一定期間急激に「捨てる行為の快感」にのめり込み、恍惚状態が覚めてから「必要なものを捨ててしまった」というケースもあるようです。

特に現在・過去に「汚部屋」である人、掃除・モノの所有について家族関係で不満を抱えている人の場合には、自分の今の心の状態や関係性を振り返ってみるのも良いかもしれません。

 

長年、断捨離をしてきて、「捨てすぎたかな?」とか、沢山捨てた直後に「虚しくなった」と感じることもありました。でも、こういう虚しさに向き合って、自分の基準をつくりなおしていくのも大事な断捨離のプロセスだったりします。

上記の記事は、カウンセラーという専門家のサイトからのものです。

抑うつ症状を発症したのは、本当に断捨離やミニマリズムが原因だったのでしょうか?また、「必要なものを捨ててしまった」からといって依存と決めつけてしまうのもどうかと思います。後悔なんて、誰にでもあることです。

カウンセラーのような専門的な立場の人が勝手に「心の病」と決めつけると、新しい病気が作り出されてしまいます。

これは、健康診断で医者が勝手に異常と決めつけてしまうのに似て、少しの不調に病気というレッテルを勝手に貼っているだけなのです。

断捨離・ミニマリズムを悪者にしてしまう影響力

過剰すぎる断捨離・ミニマリズムの快感に依存

このフレーズ、悪気はないのかも知れませんが、断捨離やミニマリズムを悪者にしているように聞こえます。

もしこれを言うのならば、「断捨離・ミニマリズムに過剰に快感を覚えた」と言うべきです。本人のメンタルの問題を、断捨離やミニマリズムのせいにするべきではありません。

大体、何でもかんでも○○依存症と呼び過ぎです。スグに○○依存症って呼ぶの、どうよ!?

わたしは個人的には、断捨離はやるけどミニマリストほどものを少なくすることに価値を持っていないほうで、このブログでもそう言っていますが、それはわたし個人の価値観であって、ミニマリスト自体を否定しているわけではありません。

人は人だと思います。

でも、テレビや専門家など、影響力のある立場から発言すると、偏った物の見方でもそれが正しいもののように固定化され、そのまま広まってしまいがちです。

素直に鵜呑みにせず、自分の価値観は自分で大切にしたいものです。