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アラフィフバツイチの生活

おひとりさまもいいけど再婚もね。ユル婚活はじめました。汚部屋以上ミニマリスト未満で断捨離もユル派です。

引き寄せを妨げる執着(しゅうちゃく)ってどうやって手放すの?(引き寄せの法則のコツ2)

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願っていることを引き寄せるのに、執着を手放すって言っても、「一体どうやって手放せばいいのかわからない」と思いますよね?

ところが、実は、執着を手放すための、とっておきの方法があるんです。

 執着って一体何?

ところで、執着って何なんでしょうか?

仏教において、事物に固執し、とらわれること。主に悪い意味で用いられ、修行の障害になる心の働きとする。

これはウィキペディアからの引用で、執着という言葉の意味の説明です。(仏教の言葉としては、「しゅうじゃく」と読みます)

前回の記事の中で、心から望んでいないと願いは叶わないと言いました。(その記事はコチラ>>>本当は望んでないから引き寄せられない(引き寄せの法則のコツ1)

心から望んでいるのが条件なのに、それに「固執し、とらわれる」のはイケナイなんて、一体どうしたらいいの?って思いますよね。

「心から望むということ」は楽しい「固執し、とらわれる」は苦しい

「心から望ということ」と、固執し、とらわれること」の違いって、恋人同士や夫婦で考えてみるとわかりやすいです。

心から望むということ」というのは、「相手のことを信頼して心から愛している」というのに似ていて、信頼や愛があれば、ダンナが仕事に出かけて、目の前にいなくても、相手のことをあれこれ心配しないでいられます。

ところが固執し、とらわれる」という執着があると、「本当に仕事に行っているのかしら?」「女のところに行っているんじゃないかしら?」とか、一日中心配して、やたらとメールしたり電話かけたりします。

これを「自分の望み」と置換えてみると、心から望んでいれば、「きっと叶うから大丈夫!」という風に、信頼しています。

ところが執着があると、「本当に叶うのだろうか?」と、一日中、年がら年中、アレコレ心配してしまいます

だから、執着はとても苦しい感情です。心から望んでいるハズのことなのに、そのことを考えると苦しいです。

執着を手放すための、有効な方法

執着って、苦しいから「逃げ出したくなります」

もうやめようと思っているのに、彼氏にしつこくメールしたりしてしまいます。「「本当に叶うの?」なんて心配したりしちゃイケナイんだ」「やめよう」「やめよう」と、思えば思うほど、もっともっと執着してしまいます。

ナカナカ執着を手放せない自分を「ダメだ!」などと責めたりもします。

こんなにも苦しい「執着」を手放すのに有効な方法というのは、一人でだまって目を閉じて、「執着している自分の気持ちをひたすら眺める」ということです。

苦しいからといって否定しないで「ああ、今自分は執着しているんだなあ」と、執着心が、心から出るがままにして、それを脇でジーッと、でも暖かい目で見るようにします。

自分の心の中に、もう一人の客観的だけど暖かい目を持った大人の自分がいて、執着してしまうような子供っぽい自分を、見つめているような感じです。

何日も、何週間もかかるかも知れませんが、ひたすらジーッと眺め、感情が出るがままにしておきます。

「出るがまま」というのは、感情にまかせて気持ちを誰かにぶつけるということではなくて、ああ、今自分は執着しているんだなあ」と、執着を肯定して認めてあげるような感じです。

また、「とっても望んでいることなんだから、執着するのも無理ないよね〜。」なんて、心の中で、自分の感情に100%味方するような言葉をかけるというのも良い方法です。自分が自分の親友になってあげるような感じです。

この方法は、執着に対してだけでなく、色々なネガティブな感情に対しても、とても有効な対処の仕方なので、ぜひやってみてください。

わたしはよく、通勤電車の中でこれをやっていました。全部自分の心の中のことなので、他の人には見えません。

目を閉じてやれば、寝ているようにしかみえないから安心です。

「とっておきの方法って何だこんなこと?」なんて思うかも知れませんが、これが実際、本当によく効くのです。40年越しの、積年の悩みが、ホトンド消えてしまったほどで